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洗い茶巾と茶巾の絞り方

by S.Goto

 裏千家の夏の点前といえば、誰もが真っ先に思いつくのは「洗い茶巾」だろう。洗い茶巾は平茶碗に茶巾を流していれ、茶碗に少し水を入れ、茶筅と茶杓を仕組んで行う薄茶の点前である。

 ちなみにわが流儀には「絞り茶巾」という点前もある。こちらは筒茶碗を使う冬の点前だ。洗い茶巾と絞り茶巾、どちらも点前の格としては小習相当なのだけれど小習十六か条には含まれていない。季節に応じた応用点前という扱いである。

 今年の夏は私の教えている生徒さんたちにもこの点前をやってもらおうと思い、久しぶりに教本を紐解いてみて驚いた。私が習ったのとはいささかやり方が異なっていたからだ。

 洗い茶巾は茶巾が水に使っているため、棗と茶杓を帛紗で清めて茶筅を出したあとに、
  1.濡れた茶巾を絞ってたたみ直す
  2.茶碗に入った水を建水にあける
という二つの手順が加わる。ここが洗い茶巾という点前の見せ場でもある。

 違っていたのは茶巾を絞る前の折り方、平茶碗の水を建水にあける際の手つきだ。

 前者については私が教わったのは、茶巾の耳を右手に持ち、その手を茶碗の手前に持っていき(手前側に茶巾を90度回転させる)茶巾を水から引き出すようにして左手の4本の指の上にのせて、手前から向こうに茶巾を二つに折ってから絞るというやり方だ。

 ところが教本の写真を見ると、茶巾の向きは変えていない。茶巾はそのままの向きで引き上げ、左から右に二つ折にしたのち、向きを縦にして絞っている。些細な違いではあるのだがこれは気になった。

 さらに、教本には水の入った平茶碗を両手で持ち、「建水の上まで持っていって、左片手で水をあける」と書かれているではないか。私は「両手で持ったままあける」と師匠から教わった。水をあける際には必ず「滝の水が流れるようにサラサラと音を立てて!」と言われたものだ。今はそうではないというのか?!

 夏の点前なので、「水をあける音を客に聴かせて涼を感じてもらう」ものだとこれまでずっと信じてきたのだけれど、そういうわざとらしい演出はせずに淡々と水をあける方が望ましいというのがお家元の考え方なのだろうか。この二点についてはいずれ確かめなければなるまい。私は心のTo Do Listに書き留めた。

 師匠は昨年鬼籍に入られたのでもはや稽古をつけていただくことは叶わない。大正生まれの師匠の点前が淡々斎の時代のやり方に基づいていて、ところどころはアップデートされているものの、いくつか古いままのやり方であったらしいことは分かっている。

 「点前のやり方は時代とともに変わる」のだという。だとすると、私が習ったのは旧バージョンであるという可能性は高い。かといって師匠から受け継いだ手をホイホイ捨て去る気にはなれない。毎年夏になるたびに師匠とともに重ねて来た思い出、あの年月を吟味もせずに否定するようなことだけはしたくない。手を変えるなら変えるで、新たな確信が私には必要だ。

 が、ここで突然問題の根深さに気づいてしまった。ことは洗い茶巾だけで済まない可能性がある。水屋で茶巾を絞る時、私は洗い茶巾の時と同じように絞っている。点前の途中で茶巾を絞り変えるときも、あまり考えなしにやっていた。もしかしたら、私の「茶巾の絞り方」は他人から見るとどこかおかしいところがあるんじゃないだろうか?

 と、ここまできて突然思い出した。先日とある場所で花月をする機会があったのだが、「花」が当たって点前座に座った際、茶巾がひどく濡れていたので絞ってからたたみ直した。その手つきを見たとある先生が「随分変わったしぼり方するね」とおっしゃったのだ。ギャラリーがいてアガっていたからその時は何に対するご指摘なのかよくわかっていなかったが、もう間違いない。私の茶巾の絞り方には問題がある。

 お茶を習い始めて三十年。自分が茶巾一つまともに絞れないことを知ったのは辛いが、知らないままでいるよりはマシであろう。




S.Goto
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